【高橋より】五回の座談会を終えて。

2018.5.11

日本全国47都道府県、車座座談会をやりながら回る「平成の百姓一揆」
昨日は岐阜県で開催しました。一昨日は愛知県でやってきましたが、農家の中に混ざって、女子中学生と男子高校生の姿がありました。
そう、未来の消費者も参戦してこその平成の百姓一揆なんです。

なんのためにこんなことをやっているんだ?目的はなんだ?と聞かれます。
江戸時代、全国一の百姓一揆多発地帯は、我が岩手県(南部藩)でした。
厳しい自然の中で、幾度も飢饉に苦しみ、多くの餓死者を出しました。
生き抜くために、百姓たちは束になって負担を軽くしてほしいと藩主に訴えました。
現代でも、農産物の自由化は国を滅ぼすと、いきり立った百姓たちが「絶対反対」のはちまきを頭にトラクターで国会議事堂周辺を走るなどのパフォーマンスをやったりしていました。

今、若い農業者はこうした運動のスタイルにうんざりしています。
そして、国に文句を言ったところで何も変わらない、自分にできることをやると、収入の向上のために知恵を絞り、汗をかいています。
政治が悪い、役所が悪い、農協が悪い、スーパーが悪い、そうやって農業が衰退してきた理由を外に向けて溜飲を下げても意味がないと。
時代の変化に対応できずに補助金漬けになってきた農業界自体にも問題があったんじゃないかと矛先を自らに向け、自己変革によって結果を出している若手農業者も少なくありません。

一昨日の車座に参加してくれたこのブログの筆者、鈴木啓之さんもそんなひとりでした。
路地野菜をつくり、新規就農7年目で全量個人販売。
全国若手農業者4Hクラブの会長も務めた熱血漢です。
本当に素晴らしい農業者であり、経営者であり、ただただ「すげぇ」という言葉しか出てきませんでした。
でも、鈴木さんもこのブログ記事に書かれているように、やる気のある農業者はいろいろなところに出ていくし、情報発信しているので、つながりが生まれ、そのつながりの中にいると、危機感が薄れてしまいがちです。

しかし、今の世の中を大所高所から眺め、農業が置かれている数字を冷静に見つめれば、状況はただただ悪化の一途にあります。
確かに、商才ある農業者や条件に恵まれた地域は、自分一代だけ勝ち抜くことはできるかもしれない。
でも、そのことと未来の日本に農業という誇り高き仕事、その前提である農村での暮らしを残せるかという問題は別です。
私はこれまで農漁村と大都市で700回近く車座をやり、たくさんの生産者と消費者の声を聞いてきました。
食べ物が吐いて捨てるほどある飽食の日本、若い後継者がいなくなり年老いた高齢者が衰退著しい農漁村に取り残された日本。
同じ国にあるこのふたつの世界の圧倒的断絶を乗り越える他に、農業が未来に生き残る道はない。そう思うに至りました。

だから、私が見てきた生産現場の現実を都市住民に、そして消費社会の現実を生産者に伝え、ふたつの世界をつなぐことで危機の実像を両者で共有したいんです。
ここが危機を乗り越えるための一丁目一番地になる。
解決の道筋もここから見えてくる。すなわち、生産者と消費者の連帯。
そう思って、車座座談会をやり続けています。
平成の百姓一揆は、これまでのように百姓だけが気勢をあげるのではなく、
農業が壊滅すれば結局は困ることになる私たち消費者も当事者として生産者と一緒に日本の農業と農村を未来に残すために具体的に何ができるかを考え、行動するためにやっている。
もちろん、私には私なりの答えがある。

生産者個人と消費者個人をつなぎ、ツルツルの関係からゴニョゴニョの関係に。